9/25の「新月の願い事を書いていたら」の続き。
単なるくだらないバカ話のつもりで書いたのに、意外な展開になってまいりました。
ことの発端はエボラ出血熱で苦しむ西アフリカの浄化に関することです。
うちのお客様で何とかエボラで苦しむ人々を助けたいという思いを持たれる方がおられ、ご相談を受けて何かお力になれないかなーと思い、それをスピ&オルゴ師匠のEmiyuさんに伝えたら、最近作ったばかりのThree Wordsエッセンスをアチューメントし、地図を使って遠隔ワークで現地を浄化できるようにしてくれました。
そのエッセンスを3本、お客様のH様にお送りし、H様は現在地図上で西アフリカを浄化なさっておられます。
その際、Emiyuさんが地図上で偶然発見したのがギニア湾に浮かぶサントメ島。サントメ島のヤシの木を持ち帰り、部屋の中に宇宙樹として立てたとか。
↑サントメ・プリンシペ民主共和国の国章
詳細は彼のHPへどうぞ。
「オルゴナイト114」 http://www.geocities.jp/melissa1964lb/orgonite/orgonite_114.html
「オルゴナイト115」 http://www.geocities.jp/melissa1964lb/orgonite/orgonite_115.html
まあ、それを読んだ段階では自分には無関係の話だと思っていたので「ふーん。」でスルーしていたのですが・・・
後日H様がサントメ島のことをご存じで、あの島は昔ゴム園があったので、私やEmiyuさん、H様はそこに居たのかも・・・と教えてくださったのです。
どうやら私たちはそこで奴隷として働いていて、ゴムの採取をしていたらしい。
でもサントメ島って「世界最貧国」なんですって。
ウィキペディアに書かれていて、ちょっと複雑な思い。どうせ過去世が出てくるなら華麗な過去世であってほしい。奴隷でゴム園で働いていたなんて・・・しょぼいわぁ。
アンサイクロペディアではもっと辛辣に揶揄されている。
「あまりに知名度が低い国。この国、大丈夫か?」と書かれている。
その華麗な歴史をアンサイクロペディアからコピペしよう。
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歴史
- 1470年
- ポルトガル人がサントメ島とプリンシペ島を発見。アフリカ本土への寄港地として利用。
- 1493年
- あまりの存在の薄さに寄港地としての価値が忘れられ、島はポルトガル王室により個人に譲渡。
- 1573年
- 個人に譲渡した事をすっかり忘れたポルトガル王室は、再び島を王領に編入。
- 1876年
- ポルトガルで奴隷制廃止。しかしすかっり存在を忘れられていたサントメ・プリンシペでは奴隷制続行。
- 1974年
- 本国ポルトガルは政変などを経てサントメ・プリンシペの存在を完全に忘却。これを期に独立し、サントメ・プリンシペ民主共和国に。
- 1975年
- 運よく国連に気付かれたため、サントメ・プリンシペ民主共和国が正式に成立。
- 2003年
- 石油利権などに絡む軍事クーデターが起こるも、国際社会は特に気付かず放置。
と言うか、この国は本当に大丈夫なのか
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そんなところで何百年か前に3人で奴隷として働いていたのかなー?
Emiyuさん曰く、亭主の悪口をブチブチ言いながら?(笑)
http://www.geocities.jp/melissa1964lb/orgonite/orgonite_120.html (そんなにめげんでもよろし。師匠。)
ということは「私はゴム園でゴムの採取をして」の続きはこうだったのかな?
プランC「何とか島を豊かにしようと貢献しましたとさ。」
「つまらん!お前のプランCとやらはつまらん!」(大滝秀治風)
さあみんな、サントメ島に観光旅行に行って、島を豊かにしてあげよう!(マラリアには注意してね。)